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「女流歌人」

このところ冷え込みが厳しいので家で本を読み、
好きな曲を寄せ集めCD化するなどちと怠惰な日々をおくっています。
そんな中、先日スーパーで500円のサービス券が出たので
本屋をのぞき一冊の新書判を入手しました。
『大岡信「折々のうた」選~俳句①』(長谷川櫂 編 岩波新書)という本です。
この「折々のうた」は大岡信が万葉集から現代詩、さらに子ども作品まで、
彼の半生をかけて新聞のコラム欄に上梓してきたものだそうです。
その詩歌の数は6762篇にも及び、万葉集をしのぐ膨大なアンソロジーです。

所で、現存する世界最古の詩集は
BC.3000年頃のシュメール地方で歌われた『ギルガメシュ叙事詩』ですが、
東洋では孔子が編纂したと伝えられる中国最古の詩集『詩経』(311編)があり、
日本では4516首で構成されている万葉集があります。
この東洋の2大歌集では宮廷など歌われた歌から庶民の歌まで、
しかも男女の歌までも収められています。
面白いことに、中国では『詩経』以後、女性の歌が表に出てくることはほとんどありません。
しかしながら、日本では小野小町や和泉式部など多くの女流歌人が歌を詠み一角をなしています。

さて、この本はまず俳句の始め頃から中期まで収められています。
で、その中に田 捨女、加賀 千代女どれに田上 菊舎らの作品がとりあげられています。
田 捨女はあの有名な句「雪の朝 二の字二の字の下駄のあと」が紹介されています。
加賀千代女は「朝顔につるべとられて貰ひ水」で有名ですが、
「春雨や土の笑ひも野に余り」という名句を初めて知りました。
更に、田上菊舎とい女流歌人の名前を恥ずかしながら初めて知りました。
長州藩士の娘で、若くして寡婦になり出家。書、画、琴などをよくし、
諸国を巡歴し多くの俳家、文人と交わったそうです。
その中で「解けてゆくものみな青し春の雪」という句が気に入りました。

この『大岡信「折々のうた」選』シリーズは短歌、詩篇など全5冊まで発刊予定だそうです。
これは楽しみなことがまた一つふえました!!!
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一人称、三人称

廿日市図書館にリクエストしていた本が届き、
今、それらの本を手にし、パラパラとめくっています。
原尞の「それまでの明日」と飯嶋和一の「星夜航行」(上下)の2作品です。
私にとって、この二人の作家は現役の作家の中では最も好きな作家たちです。

所で話は突然飛躍しますが、次の文章を読んでみてください。
『・・・ジムはパッカードの後部座席の母と父の間に座らされた。
二人とも、僕が前の席の楊(ヤン)の隣に座ったら新たな問題を起こすかもしれなと
心配しているのだろうか?・・・・・・』(J・G・バラード「太陽の帝国」山田和子訳)
(主人公ジムと僕は同じ人物です。不思議です、一人称と三人称が混在しています???)

私はかねがね小説を三人称で書くということに何故か違和感を感じています。
三人称で書かれた作品は、主人公または登場人物たちに
背後霊のように絶えず後ろにつきまとっているのか、
または神様のように天から見通しているのか、
彼らがが考えていること、感じたことなどを何でもよく知っています。
時にはその人々が気がつかいにようなことまで知っていることもあります?
しかしながら一流作家ともなると、その不自然さを微塵も感ぜさせることなく、
読者をぐいぐいと作品の中に引き込んでいってくれます。
その手法たるや舌を巻くばかりです。

テレビドラマ『相棒』の杉下右京ではありませんが、
「すみません、細かいことがきになるものですから・・・」

そして、原尞はほとんどの作品を一人称で書いています。
チャンドラーの様に、文章は短く的確に書かれ、
しかもその会話文はウィットにとみ思わず相好が崩れます。
ほんとうに惚れ惚れするような文章です。
方や、飯嶋和一は現場に足しげく通い、丹念に資料を読み漁って
緻密な歴史的世界を構築しています。
私をいつもその世界にどっぷりハマっております。

さて、この2作品には他の人のリクエストがかかっており、
この29日までに返却しなくてはなりません。
期間中に全部読めるでしょうか?
飯嶋和一の作品は手強そうです・・・

https://www.amazon.co.jp/%E6%98%9F%E5%A4%9C%E8%88%AA%E8%A1%8C-%E4%B8%8A%E5%B7%BB-%E9%A3%AF%E5%B6%8B-%E5%92%8C%E4%B8%80/dp/410351941X/ref=sr_1_1?adgrpid=54935459018&gclid=Cj0KCQiAtrnuBRDXARIsABiN-7DJHZu-T-CZ9zuBUI5GjXQBSYpFg6ROWOgepOUZQYzxykpahZESyowaAgAgEALw_wcB&hvadid=338519398977&hvdev=c&hvlocphy=1009646&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=8012571584959198260&hvtargid=aud-759242200006%3Akwd-459198713436&hydadcr=16995_10992172&jp-ad-ap=0&keywords=%E6%98%9F%E5%A4%9C%E8%88%AA%E8%A1%8C&qid=1573852730&s=books&sr=1-1
(飯嶋和一の「星夜航行」)

https://www.amazon.co.jp/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%AE%E6%98%8E%E6%97%A5-%E5%8E%9F-%E3%82%8A%E3%82%87%E3%81%86/dp/4152097485/ref=sr_1_1?adgrpid=64425377014&gclid=Cj0KCQiAtrnuBRDXARIsABiN-7Aey2cZcFXzCchK2KobPfulS1kNECKiu0eEJxsKkT8Tf8YSNmfNYWYaAq-hEALw_wcB&hvadid=338520823611&hvdev=c&hvlocphy=1009646&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=2430985867649701115&hvtargid=aud-759242200006%3Akwd-410120440769&hydadcr=16998_10992184&jp-ad-ap=0&keywords=%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%AE%E6%98%8E%E6%97%A5&qid=1573851613&s=books&sr=1-1
(原尞「それまでの明日」)


読書の日

今日は読書の日だそうです。
そこで最近読んだ本の中で特に気に入った作品の感想をまとめてみました。
※長いです、こんかぎり長いです(⌒-⌒;)

☆船戸与一『虹の谷の五月』(集英社)
フィリピン、セブ島の辺境の村を舞台に、日比混血の少年を中心に描かれた物語。直木賞受賞作。
Web上で、ある人がこの小説は語彙が不足していると言っておられました。
でも、この小説の語り手は十分な教育を受けていなない13~15歳の少年ですからやむをえないでしょう。
そのボキャブラリーの少なさを補って余りある誠実さ、人として真摯に生きてゆく姿、
これがこの本の素晴らしさではないでしょうか?
とかく難しい言葉、モノをよく知っている人が偉い人だと思われがちですが、
本当に良い人は多くを語らず、行動によって人のために働く人間ではないでしょうか?
やはり船戸与一は良い、最高だ!!!

☆川喜田二郎『鳥葬の国―秘境ヒマラヤ探検記』(1960年) (カッパ・ブックス)
川喜田二郎といえば、「KJ法」という発想法の発案者としてご存知の方が多いかもしれません。
でも、彼は日本の生態学者、文化人類学者、登山家での泰斗である今西錦司に私淑し、
チベット文化、特にネパール地方の文化研究者として知られています。
その彼が数人の日本研究者とともにネパールで行われているという「鳥葬」の実態を
調査するために訪れた時の探検記がこの本です。
鳥葬とは亡くなった人の遺体を親族が高い山の上に安置し、
その肉片を鳥に捧げるというもので、その時の写真も掲載されています。
現地・野外等調査活動(フィールドワーク)の一典型がここにあります。

☆梅原猛『水底の歌―柿本人麿論』(新潮文庫・上下)
まさに衝撃の作品と言ってよいでしょう。
この本のテーマとなっているのは柿本人麻呂という万葉歌人が
いつ何処で生まれ、何歳で何処で泣くなったかこれが研究テーマです。
彼が言っていることが真実かどうかは勿論私には全くわかりません。
でも、「あらゆる権威や前提を疑い、すべてを自分の論理で判断し、
確実な基礎の上に一歩一歩論証を重ねて行く」
こうした姿勢に私は心打たれました。
世の人々、否、特に学問に携わる人はこうあってほしいなと思っています。
少なくとも、これまで正当とされてきた賀茂真淵、本居宣長や斎藤茂吉の説が
必ずしも正しいとは限らないということを確認できただけも
有意義な書物であったことと思っています。

☆ 伊藤計劃『虐殺器官』、『ハーモニー』(ハヤカワ文庫)
日本にこのように面白いSF小説を書く人がいたなんて驚愕でした。
理路整然とした細かいディテールの上にそれぞれの人の動きを綿密に積み上げてゆく、
その世界はまさに「すごい!!!」としか言いようがありません。
でも、その彼は34歳で夭折してしまいました。

☆飯嶋和一『狗賓童子の島』 (小学館文庫)
江戸時代後期、日本海に浮かぶ隠岐島に、はるばる大坂から流された一人の15歳の少年がいました。
この西村常太郎という少年は父・西村履三郎が大塩平八郎の挙兵に連座して起こした一揆の罪により、
隠岐島に流されてのです。
しかしながら島民に畏敬の念をもって迎えられ、やがて医師として島に根を下ろすようになります・・・
解説書にもありますように
「断言してもよいが、本書の著者は並の学者には到底及ばないほどの綿密な
調査を積み重ね、島をあるき尽くしている」のが手を取るようにわかります。
彼の作品は全て読みましたが「飯嶋和一にハズレはなし!」と言われことに納得がゆきます。
所で、「狗賓」は「ぐひん」と読み、天狗のことだそうです。
でも著名な霊山を拠点とする大天狗や小天狗に対し、
狗賓は日本全国各地の名もない山奥に棲むといわれる天狗の一種だそうです。

ここで面白い話を拾いました。
「ちなみに広島県西部では、他の土地での低級な扱いと異なり、
狗賓は天狗の中で最も位の高い存在として人々から畏怖されていた。
広島市の元宇品に伝わる伝説では、狗賓は宮島の弥山に住んでいると言われ、
狗賓がよく遊びに来るという元宇品の山林には、
枯れた木以外は枝一本、葉っぱ一枚も取ってはならない掟があったという」
広島県学校図書館協議会・編『読みがたり 広島のむかし話』より

☆赤塚不二夫『赤塚不二夫自叙伝 これでいいのだ』 (文春文庫)
これまで、「アンデルセン自叙伝」「福翁自伝」
石光真清の手記(全4冊)など色々の自伝を読んできましたが、
子ども時分の寝小便を告白したのははじめてです。
自分自身を決して自慢することなく、父や母の苦労、
ガキ友達のありがたさを素直につづっておられます。
このやさしい気持ちが彼の漫画作品に現れているのでしょうね。
心より感動しました!!!

パイソン君

今日は朝一番、図書館に行って本を借り、
散髪屋さんにゆきました。
そして時間があったので紀伊国屋をのぞき新書判を購入しました。
「入門者のPython(パイソン)」という本です。
コンピューターのプログラム言語なのですが恥ずかしながら初めて知りました。
プログラムが書きやすい、読みやすい、すぐ使えると書かれております。
なかなか面白そうです!!!
また、このパイソン君、ネットで無料でダウンロードできるのがいいですね~

https://booklog.jp/item/1/4065131634

昔、MS-DOSで「クイックC」という言語で時間計算のプログラムを書いたことがあります。
番組のキューシートを書く時に重宝しました。
で、この度は写真のファイルを自動整理をしてくれるというので買ってみる気になりました。
現在、グーグル・クロームで写真を一覧表示させると撮影日時の順ではなく、
ファイル名順になるため2台のカメラを使用していると
表示がちぐはぐになって困っているからです。
お昼すぎ家のベッドで横になって読んでいるといつの間にか寝てしまいました。

いやぁ~、いい睡眠薬を手に入れることができました。
このままゆけばプログラムの完成は4、50年先になるでしょうが
それまでベッドのおともとして使わせてもらおうと思っています(-_-)zzz…

プログラムソフト・Python(パイソン⇒ニシキヘビ)を開くためには
「Anaconda(アナコンダ)」というサイトをダウンロードし、
その中から「Spyder」という画面にはいってパイソンを使う?????
まるでジェラシックパークみたいです、
こんどはティラノサウルスが出てきても驚きません\(^-^)/

あらゆる権威や前提を疑う

先日亡くなれた梅原猛氏の入魂の大作『水底の歌』を読み終えました。
まさに衝撃の作品と言ってよいでしょう。
『万葉集』や『古今集』などに関して専門的知識のない私としては、
彼の言っていることが正しいかどうかわかりません。

ただ、賀茂真淵や本居宣長が言ってきたこと、
また斎藤茂吉や多くの現今の学者が言っていることが
必ずしも正しいとは限らないということを確認できただけも
有意義な書物であったことと思っています。

さて、この本のテーマとなっているのは柿本人麻呂という万葉歌人その人です。
いつ何処で生まれ、何歳で何処で泣くなったか詳しくはわからいけれど、
古今集よりこのかた「歌聖」と仰がれている大歌人です。

「正史」、すなわち日本書紀、古事記などに登場していない歌人が
天皇の行幸に伴い、皇子などの挽歌な数多くの歌を詠むことができたのであろうか?
これが古来より謎の部分として幾多の学者、歌人に論じられてきました。

今日多くの学者などは江戸時代の国学者、賀茂真淵、本居宣長らが唱えた説を
概ね支持しているようです。斎藤茂吉もそれにそって独自説を展開しています。
すなわち、人麿は六位以下の舎人で、朝集使でもあったらしい。
最後は舎人から地方の下級官僚となり、石見国で亡くなった。
また、古今集の序に謳われている文言の一部(五位以上を示す大夫を付して「柿本大夫」と記され)は
後世書き換えられたものである。

梅原は石見国の微官が持統天皇のお供をしたり、皇子の歌を読んだりできるか?
たとえ舎人の身であったとしても、律令制度の中、多くの皇族に接触することは考えられない、
とまず疑問を提示します。
また古今集は天皇のさししめした勅撰歌集である、みだりに書き換えることはありえない、等々。
彼の論法は気持ち良いほど明快で、過去の常識をずばずばと断ち切ってゆきます。
そのスジの運びは昔読んだジョセフィン・テイの『時の娘』を読んでいたときの興奮を
呼び起こしてくれました。

彼が言っていることが真実かどうかは勿論私には全くわかりません。
でも、「あらゆる権威や前提を疑い、すべてを自分の論理で判断し、
確実な基礎の上に一歩一歩論証を重ねて行く」
こうした姿勢に私は心打たれました。
世の人々、否、特に学問に携わる人はこうあってほしいなと思っています。
プロフィール

Hocco21

Author:Hocco21
手前、生国と発しますは
芸州・ひろしまです。
小さい折から、太田川の
産湯を使い、
長じましては宮島の弥山を
眺めてその日暮らし、
年金生活をおくってます。
さあて、ここに
取りいだしたるは、
本や音楽のお話、
また、映画や写真の話題、
それに、楽しい話に、
くだらねー話と、もり沢山!
御用とお急ぎでない方、
さあて、お立会い!

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御用とお急ぎの方、
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