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読書の日

今日は読書の日だそうです。
そこで最近読んだ本の中で特に気に入った作品の感想をまとめてみました。
※長いです、こんかぎり長いです(⌒-⌒;)

☆船戸与一『虹の谷の五月』(集英社)
フィリピン、セブ島の辺境の村を舞台に、日比混血の少年を中心に描かれた物語。直木賞受賞作。
Web上で、ある人がこの小説は語彙が不足していると言っておられました。
でも、この小説の語り手は十分な教育を受けていなない13~15歳の少年ですからやむをえないでしょう。
そのボキャブラリーの少なさを補って余りある誠実さ、人として真摯に生きてゆく姿、
これがこの本の素晴らしさではないでしょうか?
とかく難しい言葉、モノをよく知っている人が偉い人だと思われがちですが、
本当に良い人は多くを語らず、行動によって人のために働く人間ではないでしょうか?
やはり船戸与一は良い、最高だ!!!

☆川喜田二郎『鳥葬の国―秘境ヒマラヤ探検記』(1960年) (カッパ・ブックス)
川喜田二郎といえば、「KJ法」という発想法の発案者としてご存知の方が多いかもしれません。
でも、彼は日本の生態学者、文化人類学者、登山家での泰斗である今西錦司に私淑し、
チベット文化、特にネパール地方の文化研究者として知られています。
その彼が数人の日本研究者とともにネパールで行われているという「鳥葬」の実態を
調査するために訪れた時の探検記がこの本です。
鳥葬とは亡くなった人の遺体を親族が高い山の上に安置し、
その肉片を鳥に捧げるというもので、その時の写真も掲載されています。
現地・野外等調査活動(フィールドワーク)の一典型がここにあります。

☆梅原猛『水底の歌―柿本人麿論』(新潮文庫・上下)
まさに衝撃の作品と言ってよいでしょう。
この本のテーマとなっているのは柿本人麻呂という万葉歌人が
いつ何処で生まれ、何歳で何処で泣くなったかこれが研究テーマです。
彼が言っていることが真実かどうかは勿論私には全くわかりません。
でも、「あらゆる権威や前提を疑い、すべてを自分の論理で判断し、
確実な基礎の上に一歩一歩論証を重ねて行く」
こうした姿勢に私は心打たれました。
世の人々、否、特に学問に携わる人はこうあってほしいなと思っています。
少なくとも、これまで正当とされてきた賀茂真淵、本居宣長や斎藤茂吉の説が
必ずしも正しいとは限らないということを確認できただけも
有意義な書物であったことと思っています。

☆ 伊藤計劃『虐殺器官』、『ハーモニー』(ハヤカワ文庫)
日本にこのように面白いSF小説を書く人がいたなんて驚愕でした。
理路整然とした細かいディテールの上にそれぞれの人の動きを綿密に積み上げてゆく、
その世界はまさに「すごい!!!」としか言いようがありません。
でも、その彼は34歳で夭折してしまいました。

☆飯嶋和一『狗賓童子の島』 (小学館文庫)
江戸時代後期、日本海に浮かぶ隠岐島に、はるばる大坂から流された一人の15歳の少年がいました。
この西村常太郎という少年は父・西村履三郎が大塩平八郎の挙兵に連座して起こした一揆の罪により、
隠岐島に流されてのです。
しかしながら島民に畏敬の念をもって迎えられ、やがて医師として島に根を下ろすようになります・・・
解説書にもありますように
「断言してもよいが、本書の著者は並の学者には到底及ばないほどの綿密な
調査を積み重ね、島をあるき尽くしている」のが手を取るようにわかります。
彼の作品は全て読みましたが「飯嶋和一にハズレはなし!」と言われことに納得がゆきます。
所で、「狗賓」は「ぐひん」と読み、天狗のことだそうです。
でも著名な霊山を拠点とする大天狗や小天狗に対し、
狗賓は日本全国各地の名もない山奥に棲むといわれる天狗の一種だそうです。

ここで面白い話を拾いました。
「ちなみに広島県西部では、他の土地での低級な扱いと異なり、
狗賓は天狗の中で最も位の高い存在として人々から畏怖されていた。
広島市の元宇品に伝わる伝説では、狗賓は宮島の弥山に住んでいると言われ、
狗賓がよく遊びに来るという元宇品の山林には、
枯れた木以外は枝一本、葉っぱ一枚も取ってはならない掟があったという」
広島県学校図書館協議会・編『読みがたり 広島のむかし話』より

☆赤塚不二夫『赤塚不二夫自叙伝 これでいいのだ』 (文春文庫)
これまで、「アンデルセン自叙伝」「福翁自伝」
石光真清の手記(全4冊)など色々の自伝を読んできましたが、
子ども時分の寝小便を告白したのははじめてです。
自分自身を決して自慢することなく、父や母の苦労、
ガキ友達のありがたさを素直につづっておられます。
このやさしい気持ちが彼の漫画作品に現れているのでしょうね。
心より感動しました!!!
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パイソン君

今日は朝一番、図書館に行って本を借り、
散髪屋さんにゆきました。
そして時間があったので紀伊国屋をのぞき新書判を購入しました。
「入門者のPython(パイソン)」という本です。
コンピューターのプログラム言語なのですが恥ずかしながら初めて知りました。
プログラムが書きやすい、読みやすい、すぐ使えると書かれております。
なかなか面白そうです!!!
また、このパイソン君、ネットで無料でダウンロードできるのがいいですね~

https://booklog.jp/item/1/4065131634

昔、MS-DOSで「クイックC」という言語で時間計算のプログラムを書いたことがあります。
番組のキューシートを書く時に重宝しました。
で、この度は写真のファイルを自動整理をしてくれるというので買ってみる気になりました。
現在、グーグル・クロームで写真を一覧表示させると撮影日時の順ではなく、
ファイル名順になるため2台のカメラを使用していると
表示がちぐはぐになって困っているからです。
お昼すぎ家のベッドで横になって読んでいるといつの間にか寝てしまいました。

いやぁ~、いい睡眠薬を手に入れることができました。
このままゆけばプログラムの完成は4、50年先になるでしょうが
それまでベッドのおともとして使わせてもらおうと思っています(-_-)zzz…

プログラムソフト・Python(パイソン⇒ニシキヘビ)を開くためには
「Anaconda(アナコンダ)」というサイトをダウンロードし、
その中から「Spyder」という画面にはいってパイソンを使う?????
まるでジェラシックパークみたいです、
こんどはティラノサウルスが出てきても驚きません\(^-^)/

あらゆる権威や前提を疑う

先日亡くなれた梅原猛氏の入魂の大作『水底の歌』を読み終えました。
まさに衝撃の作品と言ってよいでしょう。
『万葉集』や『古今集』などに関して専門的知識のない私としては、
彼の言っていることが正しいかどうかわかりません。

ただ、賀茂真淵や本居宣長が言ってきたこと、
また斎藤茂吉や多くの現今の学者が言っていることが
必ずしも正しいとは限らないということを確認できただけも
有意義な書物であったことと思っています。

さて、この本のテーマとなっているのは柿本人麻呂という万葉歌人その人です。
いつ何処で生まれ、何歳で何処で泣くなったか詳しくはわからいけれど、
古今集よりこのかた「歌聖」と仰がれている大歌人です。

「正史」、すなわち日本書紀、古事記などに登場していない歌人が
天皇の行幸に伴い、皇子などの挽歌な数多くの歌を詠むことができたのであろうか?
これが古来より謎の部分として幾多の学者、歌人に論じられてきました。

今日多くの学者などは江戸時代の国学者、賀茂真淵、本居宣長らが唱えた説を
概ね支持しているようです。斎藤茂吉もそれにそって独自説を展開しています。
すなわち、人麿は六位以下の舎人で、朝集使でもあったらしい。
最後は舎人から地方の下級官僚となり、石見国で亡くなった。
また、古今集の序に謳われている文言の一部(五位以上を示す大夫を付して「柿本大夫」と記され)は
後世書き換えられたものである。

梅原は石見国の微官が持統天皇のお供をしたり、皇子の歌を読んだりできるか?
たとえ舎人の身であったとしても、律令制度の中、多くの皇族に接触することは考えられない、
とまず疑問を提示します。
また古今集は天皇のさししめした勅撰歌集である、みだりに書き換えることはありえない、等々。
彼の論法は気持ち良いほど明快で、過去の常識をずばずばと断ち切ってゆきます。
そのスジの運びは昔読んだジョセフィン・テイの『時の娘』を読んでいたときの興奮を
呼び起こしてくれました。

彼が言っていることが真実かどうかは勿論私には全くわかりません。
でも、「あらゆる権威や前提を疑い、すべてを自分の論理で判断し、
確実な基礎の上に一歩一歩論証を重ねて行く」
こうした姿勢に私は心打たれました。
世の人々、否、特に学問に携わる人はこうあってほしいなと思っています。

井の中の蛙

大佛次郎『天皇の世紀』第1巻のみ読みました。
さすが加藤周一氏が絶賛しているだけあって、歴史に対する視点が素晴らしい。
例えばこうである。
『幕府時代の日本人は、住んでいる土地から一生離れないのが原則であった。
・・・都市が発達するに従って、商人の活動がさかんとなり、
農民も村を離れて労力を求める街に出て働くようになった。
世の中の組織が変わってきたのである。
よほど旅慣れたものでないと、旅の苦労を人が嫌がった』

ほとんどの人々は自分の澄んでいる国から外に出ることなく、
情報もあてにならない人伝であった。
お上の言うことが全てであった。こうした中で黒船がやって来る。
最初は宮中はもとより、幕府も旧弊にこだりは頑なに異国の排除しようとした。
自分たちだけの身分さえこれまで通りであればよかったのである。
一部の人たちは多少海外の情報を得ていたが、
日本国民ほぼ全員が井の中の蛙だったのである。

『夏目漱石先生の追憶』

「しかし自分の中にいる極端なエゴイストに言わせれば、自分にとっては先生が俳句がうまかろうが、まずかろうが、英文学に通じていようがいまいが、そんな事はどうでもよかった。いわんや先生が大文豪になろうがなるまいが、そんなことは問題にも何もならなかった。むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうがよかったではないかというような気がするくらいである。先生が大家にならなかったら少なくももっと長生きをされたであろうという気がするのである。」

寺田寅彦随筆集第3巻(岩波文庫)より

『吾輩は猫である』に出てくる水島寒月君が寺田寅彦である。
プロフィール

Hocco21

Author:Hocco21
手前、生国と発しますは
芸州・ひろしまです。
小さい折から、太田川の
産湯を使い、
長じましては宮島の弥山を
眺めてその日暮らし、
年金生活をおくってます。
さあて、ここに
取りいだしたるは、
本や音楽のお話、
また、映画や写真の話題、
それに、楽しい話に、
くだらねー話と、もり沢山!
御用とお急ぎでない方、
さあて、お立会い!

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御用とお急ぎの方、
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