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貧乏であること

貧乏であることを人には話したくない、知られたくない。
人ってそんなもんじゃないでしょうか?

私の大学時代、我が家の家計は大変な状況にありました。
父はすでに市役所を退官し、金銭に疎い父は年金生活を謳歌していました。
しかし弟は私立の高校生、私は受験期でありました。
国立大学受験に失敗した私は当時国立大学並に受験料、学費の安い
京都の私立の総合大学を選びました。
学問を究めるなんて気持ちは毛頭なく、給料の良い企業に入り、
家庭の支えに何とかなればという気持ちがあったのではないかと記憶しています。
現役時、その大学の数学科に合格したのですが、
父に「そんな学科ではメシが食えんど」と言われ、
翌年同じ大学の経済学部に入り直したという変な学園生活スタートをきりました。

先年、京都で同じゼミの仲間が何十年ぶりかに再会することができました。
その席上である友達が、「こいつがな、あの学園紛争の時、ある教室の机の上で寝とったんだわ、
その時のこいつのお腹はペコンとひっこんで、肋骨が異様に大きかったのをよう覚えとる!」
と昔話を披露しました。
その当時、月々の生活費は確か2万円から1万円?
その仕送りも滞りがちでインスタントラーメンを送ってきてくれたこともしばしばでした。
あまりにも金がないので奈良に住んでいる姉の所に一時期居候したこともあります。

友達にすすめられて奨学金を受けるための資格審査に臨みました。
私の窮状を聞いた担当の教授は、家族全員はどうやって生活しているのか?
お金はどこから捻出しているか? そんな話は信じられない、と話は打ち切られました。
最後に思わず泪がポロリこぼれたのを覚えています。
「悪いがやはり信じられない!」
私自身、今にしても母がどのような算段でお金を工面したのかわかりません。
いつか聞こうと思いながらそのまま時が過ぎ去ってしまいました。

それからでしょうか、私はアルバイトに専念することに決めたのは。
ゼミと語学など単位の必要な科目の時だけ出席し、
京友禅のアイロン掛け、食堂の食器洗い、喫茶店のウェイター、
とにかく時間単価の高額なバイトを探しまくり働き働きまくりました。
最後の1年はホテルにある京都老舗の料亭のバイトをしました。
ここでは食事付きだったのからです。

そんなアルバイト生活に明け暮れていた頃、
バイトで買った安いモジュラータイプのステレオで、
一念発起して買ったレコードをある夜、聴くとはなしに聴いていました。
忘れもしません、ブラームスの弦楽六重奏曲第1番で
ウィーン・コンツェルンSQらの演奏によるモノラルレコードでした。
本を読んでいるうち、わけもなく涙がポトリ、ポトリと止めどなく落ちてきました。
第1楽章の甘くせつないあのメロディが私の気持ちのハリの臨界線を超えさせたのでしょう。
声をおしころし、しばらく泣くにまかせました。
(不思議な事ですが社会人となり、そこそこの生活を送っていたある時、
このレコードを聴いてみたのですがあの感動というか、
ああした状況には程遠い自分があるだけでした。)

私が大学を卒業できたのは、学園紛争のおかげです。
全て試験はなく、論文提出だけでよかったのです。
同じゼミにいたガールフレンドにノートと提出文を借りて、
リードと結論をちょこちょこ変更することでなんとかパスできたました。

就活時、まず広島市役所に合格し、ついで広島のテレビ局の合格することができました。
その時おやじに「どっちがええ?」と聞くと
「そりゃ、広テレの方がええよ、給料がぜんぜん違う」と言ったので
テレビ局に入社することにしました。
その時父は私の性格からして役所努めは難しいだろうと判断したのかもしれません。
社会人となった私を待っていたのは滞っていた家のローンと弟の大学の学費の供出でした。
でも右肩上がりの時代おかげで、何とか乗り越え今日に至っております。
金持ちは三代までは続くが貧乏は末代まで続くとは昔のことわざらしいですが、
でもほんとうのような気がしております(⌒-⌒;)

私よりもっともっと悲惨な状況にある方がたくさんおられるのは百も承知で書いております。
何を甘ちょろいことをおっしゃる方もおられるでしょう。
満面の笑みをたたえながら楽しそうに歌っているサッチモ、
長い永い獄中にありながら明るいその国の未来のためにたたかったネルソン・マンデラ、
彼らの苦しみ比べたら、笑い話にもならないでしょう。
でも、「Nobody Knows de Trouble I`ve seen 誰も知らない私の悩み」
その渦中にあるその人にとってはやはり、胸をえぐられるほどのつきぬ悩みはあるのです。
ただ誰も知らない、知られたくないだけなのかもしれません。
あまつさえ、貧乏であることを人には話したくない、知られたくないのです。

実はこの元の原稿は何年も前から書いては消し、書き直ししながら密かに持っていたものです。
母と同じように自分史に1頁くわえればと思っております。
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みがきが・・・

いつものように鏡とにらめっこしている家内をつくづくとながめ、
「いちだんとブスにみがきがっかってきたの~」と感嘆の辞をのべると
「ブスにみがき・・・」としゃがみこんで必死に笑いをこらえていました。
ひまな年寄りの会話です(o^。^o)

「これは差別発言ではないか!」と憤りのご婦人方に一言。
確かに私は「亭主関白」、でもつれあいは「かかあ天下」で「山の神」。
おのずと主従関係は決まっております。
私が如きの雑言は、しょせん負け犬の遠吠えと受けとめ、
余裕しゃくしゃく、シワはクシャクシャであります。

おせっかい

あるサイトに以下のような書き込みがありました。
「すみません、生きてることに、さほど。価値がなくて…」

そこでおせっかいな年寄りが少々申し上げました。

人一人が生きてゆくことにどれほどの価値があるのでしょうか?
一人の命の価値は長い人類全体の歴史からすれば無に等しいかもしれない。
でも、人は自分個人に対し何がしかの価値をけんめいに見出そうとする。

科学的に見て、地球上の全て物は118の元素からなり、
人間もその元素から構成されたものに過ぎない。
その元素の複合的構成物が不思議にも、
モノを見、風の音を聞き、バラの香りを嗅ぎ、リンゴの甘さに感動し、
絹の手触りに心と優しを感じ、あの人のことを想い、心ときめかす。
実に不可解な生き物です。

しかしながら、天文学者によると46~8億年後には
この地球はアンドロメダ星雲に巻き込まれ無くなるといういうことだそうです。
人類がこれまで築いてきたものは全て無になるのです。

ましてや人間の一生なんて長いようで短いものです。
その人の一生はといえば、寝て、食うて、遊ぶ
(古儀⇒日常的な生活から別の世界に心身を開放してその中に身を浸すこと)
ことに尽きるのではないでしょうか。
他人の評価、知識、名誉、権力、お金持ちなど、
そこにどれほどの価値があろうでしょうか。
これら俗物は時代とともにふるいにかけられ、やがて意味を失う。
これは短い人間の歴史を振り返って見てもこれは明らかです。
シーザーがガリア地方を制圧したことに
今日的、未来的に見て何のか価値のあることだろうか?
プラトンが洞察したイデア論が今日において占める位置に
どれほどの比重があるだろうか。

であるなら。もっと近視眼的に、あるいは、まわりの世界を気にしつつも、
自己の思い入れ、信念をもっともっと大切にして、
粛々と生きてゆくしかないのではなかろうか。
この時点において、他の人から評価など何の助けにもならないし、意味をなさない。
ただただ、桜の花の開花におどろき、杜甫や白楽天の詩に心震わせ、
ルネ・フレミングの歌う「白銀の月」に涙し、
若くて美しい人に心をときめかせ、両親、友人の愛に感謝し、
心をゆだねられるだけで充分ではないだろうか。

「鼓腹撃壌」という昔の言葉がありますが、
今あたえられている世界にややこしいことを考えず、
目の前にあるものをあるものとしてしっかり受けとめ、
その中から楽しみを見出し、大いに遊ぶことに専念する。
これにもっとも大切なことはないと思っております。
人類全体から見れば、一個の人間は儚く小さいかもしれない。
でもそれでよしと腹をくくることだと思います。
ましてや、人の思いなどどうでもいいことです。

わらう

友だちから借りた、古今亭志ん朝の落語を聞いています。
切れのある喋り口調、絶妙な間、ついつい惹きこまれ、
思わず大声で一人でげらげらと笑っております。

所で、「わらい」にはどうやら大きく分けて二通りの「わらい」があるらしいですね。
「赤ん坊がにこにこと笑う」という笑いと
「鼻先で嗤う」という嗤(わら)い。

赤ちゃんが笑うのはお母さんが好きで好きでたまらないから、お母さんの顔を見ると笑う。
お母さんはお母さんで、赤ちゃんが目に入れても痛くないほどかわゆいから、
赤ちゃんの笑顔を見ると思わず笑う。
この二人には上下関係とか差別感など微塵もなく、只々相手が大好きだから笑う。

しかしもう一つの「嗤い」は人を差別し、見下して、「嗤う」のです。
「愚かしさを嗤う」、「陰で嗤っている」、「鼻先で嗤う」
でも、嗤っている本人も神さまではないですから、どこかに欠点は必ずあるはずです。
その欠点を人様から指摘され、今度は嗤われることになりかねません。
つまり、差別感を持った人は、他人を嗤うけど、自分も嗤われることになります。

さて、「わらう」という言葉にはもう少し、意味があるようです。
「花がわらい、鳥が歌う」、これは文字通り満を持した花々が咲き誇る様をいっています。
そして、「膝がわらう」、年をとると筋肉も衰え膝の機能が十分に働かなくなります。
同じ使い方で、「服の縫い目がわらう」という言い方もあるようです。

私は嗤われてもいいから、笑う人になりたい、そして足腰がわらわないような丈夫な体で
いつまでものんびりとわらっていけるような人になりたいと思っております。
さて、志ん朝の落語、今度は「粗忽長屋」でも聴きますか!

ふるさとの月

今日は旧暦8月15日、中秋の名月です。
月の出は17時11分、ということで地御前港で満月を撮ってみました。
でも、月齢は13.9で、本当の真円ではないようです。
もっとも満月に近いのはこの6日だそうです。

s_DSCF4361.jpg

s_DSCF4318.jpg

「月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」
という作者不明の古歌があります。
この歌では月が8つも出てきます。
で、昔から8月の歌、つまり中秋の名月を詠ったとされています。
このように一つの言葉を重ねて使う方を畳語法と言うそうです。

そのもっと古い例として古事記に、
「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」
という日本の最古の歌があります。

そして新しい例としては、歌ではありませんが、
2017年9月18日、甲子園球場にて緒方監督が優勝インタビューで、
およそ5分30秒間に「ほんとうに」という言葉を35回も使っています。
ほんとうに心からうれしかったのでしょうね!!!

ほんとうに故郷の月は美しい ほんとうだよね ああほんとうだ(⌒-⌒;)
プロフィール

Hocco21

Author:Hocco21
手前、生国と発しますは
芸州・ひろしまです。
小さい折から、太田川の
産湯を使い、
長じましては宮島の弥山を
眺めてその日暮らし、
年金生活をおくってます。
さあて、ここに
取りいだしたるは、
本や音楽のお話、
また、映画や写真の話題、
それに、楽しい話に、
くだらねー話と、もり沢山!
御用とお急ぎでない方、
さあて、お立会い!

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御用とお急ぎの方、
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