口頭伝承

友だちに借りた五木寛之の「親鸞」を読んでいますと、
親鸞が説法の中で、当時、庶民の間で流行った歌、
つまり今様(いまよう)を詠い出すシーンがあります。
調べてみますと、これは梁塵秘抄の中に収められている歌なんですね。

その梁塵秘抄は後白河法皇が巷で歌われている歌が
このまま廃れてしまうのをおそれ、書き留めたものだとされています。
また、万葉集は詠み人知らずや防人の歌なども文字を知らない人たちが歌ったものを
大伴家持などが書き留めたものだとされています。
詩人、安東次男は
『この時代の歌は、現代のように目で読むために作られた歌ではない』
何度も口に出し繰り返しているうちに
このような歌が出来上がったと述べておられます。(安東次男「百人一首」より)

口頭伝承という言葉がありますが、
文字をない世界では人から人へ言い伝えるしかありませんでした。
やがて、人が文字を使うようになり大変便利なりました。
でも、文字だけでは伝えきれないイントネーションや「間」などは
やはり人と人が直に接触し、口頭であれこれ伝えるのが一番でしょう。
さらに、ことばだけでなく、朝の挨拶仕方や茶碗や箸の上げ下げ、
着物の着方からたたみ方など礼儀作法や身の処し方まで口頭で伝承されてきたのです。
少し大げさに言えば、これが日本文化ではないと思っています。

インターネットの現代、文字や絵、動画までも伝えられますが、
匂いや食感、肌触りなどは伝えられません。
やはり、これらは人と人が直に関わりあってじめて可能になるのではないでしょうか。

映画『男はつらいよ』の中で、寅さん(渥美清)とおいちゃん(森川信)が
丁々発止とケンカをおっぱじめますが、これを撮っていた山田洋次監督は
カメラの傍らで笑いながらこの二人にすべてまかしきっていたと思います。
それは彼らが長年浅草ロック座などで身をもって体得した芸があったからでしょう。
あの「ばかだね~」というセリフは森川信しか出来ないと思っています。

もう一つ、落語の世界があります。
今では落語の本もありますが、でもこれで落語は到底語れません。
扇子一本の持ち方、手ぬぐいのあしらい方、
目線の持って行き方などは書かれていません。
師匠の前で、一対一で「噺」を語り、何百回、何千回と研鑽を積んで、
やっと高座に上がれるのだと思います。

先に例を出した映画『男はつらいよ』のベースは落語だと思っています。
また、夏目漱石の『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』なども
落語が下地にあったればこそ痛快な文章が書けたのだと想像しています。

文字には記録し伝達するという役割があり、とても大切なものです。
万葉集や梁塵秘抄などを観賞できるのは文字があったればこそです。
でも、節回しなどまでは伝えられていません。
そうしてみると、やはり最後は人と人とがじかにふれあい、
あれやこれやとその想いを伝えあうのが一番なのだと思っています。
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