わが母のおしえたまいしことば

言葉には話し言葉と書き言葉があります。
歴史的に見て、勿論話し言葉先にありました。
多くの人びとが文字によって自分の思うことを伝えはじめたのは近年のことであります。

医学博士・野口英世の母は使い慣れない文字で外国にいる息子に、
すべてひらがなで、「はやくきてくたされ」と3度も繰り返しす一通の手紙を送りました。
明治の世ですらこのような状態でした。
でも、野口英世はその母からいろいろなことばを教わり、
その世界を広めていったのです。

ここにことばに関する名著があります。
田中克彦著「ことばと国家」(岩波新書)であります。
「こどもが全身の力をつくして乳を吸いとると同時に、
かならず耳にし全身にしみとおるものは、またこの母のことばであった」
著者はこれを母語とよんでおられます。
(母国語は国がつくりあげたことば、いわゆる国語で、この母語とは全く違います)
だれしも母を選ぶことができないように、
生まれてくる子どもにはことばを選ぶ権利はないのです。

したがって、すべての母語は厳密にいえば皆違っております。
でもその地域の母語は概ねおなじでしょうが、他の地域とは異なり、
さらに民族によってはまるで違ってきます。
人類の歴史のうえではこうした状態が長く続いたことでしょう。

時代が下るとその地域を束ねる人がやがてあらわれてきます。
彼がやらなければならないことは沢山ありました。
時間、暦、尺度、貨幣など統一などですが、
何より急務はが文字を使ってのことばを統一することではなかったでしょうか。
一部のエリート層によって文字を書き、読む、
それを話し言葉でその内容を民衆に伝えるだけで十分だったのです。

この著書の中で、その特異な例として、
フランス語そしてユダヤ人のことばについて詳しくのべられています。
フランスという国はいわゆるフランス語の他に今でも
オック語、ブルトン語、アルザス語など多くの言語があるそうです。
しかし国内ではフランス語以外の授業がおこなわれることはほとんどないそうです。
また名前もナポレオン法典にで示されたわずか500余りの名前しか使えないそうです。

ユダヤ人に関しては流浪の民といわれるように、
彼らには固有の言語がほぼ失われてしまったのです。
イベリア半島のユダヤ人や中・東欧のユダヤ人(アシュケナージ)などは
その地域で生きゆくためそのことばに同化していかざるをえなかった。
つまり母語が時代、住む地域によって変わっていったのです。
ロシアに流れ着いたユダヤ人たちは言葉はレーニン、スターリンなどによって徹底的に無視されました。
そのユダヤ人たちが、英国、米国の画策によってイスラエルという国を与えられた時、
彼らがまず直面したのがことばの問題だったのです。
中・東欧のユダヤ人の話言葉のイディシュ語だけでなく、
世界から集まったユダヤ人のことばさまざまでした。
そこで統一言語として使われたのが聖書にあるヘブライ語です。
ヘブライ語は聖典にのみ使われる聖なることばで、
日常語として使われることばタブーとされていたのです。
そして今、ヘブライ語は母語になっているのでしょうか?

私はこの本を読むことによって、
ことばと文字がいかに時代、政治、社会によって変貌をとげるものかということを
目からウロコが落ちる思いで一気に読み上げました。
最後にこの言葉によって締めたいと思います。
『言語は差異しかつくらない。その差異を差別に転化させるのは、
いつも趣味の裁判官として君臨する作家、言語評論家、言語立法官としての文法家、
漢字業者あるいは文法的精神にこりかたまった言語学者、
さらに聞きかじりをおうむ返しにくり返す一部の新聞雑誌製作者等々である。』
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