世界の人々とともに

あるサイトで被爆者を悼む旨の投稿があり、
それに関連して以下のような長文を投稿いたしました。

生まれてこの方70年、広島にすみ、肉親を原爆でなくしたものとして申し上げます。
昔、他の都市で話をした折、「なんで被爆者だけが特別扱いされるのか?」と
いった趣旨の話をされました。その時私は確かこう申し上げました。
「銃弾にあたって亡くなられた方、焼夷弾で亡くなられた方、そして被爆して亡くなられた方、
人ひとりの命は寸毫も違わず等しい、尊いものです。
しかしながら、原子爆弾という大量破壊兵器というのは一瞬にして何十万の人々の命を奪い、
なおかつその後もずっと放射能という恐怖とたたかってゆかねばならない。
その兵器が今も重量化し、世界各国に配備されている。」と。

私ごとで恐縮ですが、私の祖父は原爆によって片目が飛び出しましたがなんとか避難したようです。
また庭を掃除していた祖母は爆風にあい、現在に至るまで消息がわかりません。
そして、私の母とその妹夫婦は両親を探し求めて翌日広島市内に入所しまし。
己斐駅(現在の西広島駅)に降り立つと焼けて何も無くなり、宇品港までが見えたそうです

祖父が広島市北部の小学校に収容されていることを知り、徒歩で探し当て、
山口県の農家まで担いで帰ったそうです。
生死のさまよった祖父は奇跡的に助かり、95歳の天寿を全うしました。
私の父は除隊後、しばらくして帰広してきました。
私の両親は鬼籍に入っていますが、その当時の様子をほとんど話してくれませんでした。
父も軍隊の事は一言も話してはくれませんでした。
今申し上げた事情は母が死ぬ少し前に書いた手記を発見してわかったことであります。
しかしながら、母の手記には「原爆」という文言は一つもありませんでした。
いかに彼女がその言葉を忌み嫌ったことか。

多くの世界の為政者は自分の国のことだけを、自国の利益のみを考え、
他国を人々の事は全く頭に無いようです。
あまつさえ他国、隣国を非難し、それを口実に軍備力を増強しようとする国さえあるようです。

日本の人々の中には確かに好戦的な方もおられます、しかし全ての人々がそうではありません。
それは世界の国々でも同様のことがいえるのではないでしょうか。
私はそうした平和的な世界の人々とのつながり、話し合いをもっともっと深め、理解しあい、
交流を拡散してゆくこと、国境を越え民間レベルで平和の道を模索する。
こうしたことが最終的には一番良いことだと思っております。

世界中の為政者をあてにしては、
いつまでたっても核を持った国がのさばる構図はなくならないと想います。
大変長い道のりかもしれませんがこの動きが
やがて為政者をも動こかすのではと願っている次第であります。


スレ主様の強い想いにほだされて、ついつい長話になってしまいました。
大変失礼しました。
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小さい折から、太田川の
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眺めてその日暮らし、
年金生活をおくってます。
さあて、ここに
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本や音楽のお話、
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くだらねー話と、もり沢山!
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