おせっかい

あるサイトに以下のような書き込みがありました。
「すみません、生きてることに、さほど。価値がなくて…」

そこでおせっかいな年寄りが少々申し上げました。

人一人が生きてゆくことにどれほどの価値があるのでしょうか?
一人の命の価値は長い人類全体の歴史からすれば無に等しいかもしれない。
でも、人は自分個人に対し何がしかの価値をけんめいに見出そうとする。

科学的に見て、地球上の全て物は118の元素からなり、
人間もその元素から構成されたものに過ぎない。
その元素の複合的構成物が不思議にも、
モノを見、風の音を聞き、バラの香りを嗅ぎ、リンゴの甘さに感動し、
絹の手触りに心と優しを感じ、あの人のことを想い、心ときめかす。
実に不可解な生き物です。

しかしながら、天文学者によると46~8億年後には
この地球はアンドロメダ星雲に巻き込まれ無くなるといういうことだそうです。
人類がこれまで築いてきたものは全て無になるのです。

ましてや人間の一生なんて長いようで短いものです。
その人の一生はといえば、寝て、食うて、遊ぶ
(古儀⇒日常的な生活から別の世界に心身を開放してその中に身を浸すこと)
ことに尽きるのではないでしょうか。
他人の評価、知識、名誉、権力、お金持ちなど、
そこにどれほどの価値があろうでしょうか。
これら俗物は時代とともにふるいにかけられ、やがて意味を失う。
これは短い人間の歴史を振り返って見てもこれは明らかです。
シーザーがガリア地方を制圧したことに
今日的、未来的に見て何のか価値のあることだろうか?
プラトンが洞察したイデア論が今日において占める位置に
どれほどの比重があるだろうか。

であるなら。もっと近視眼的に、あるいは、まわりの世界を気にしつつも、
自己の思い入れ、信念をもっともっと大切にして、
粛々と生きてゆくしかないのではなかろうか。
この時点において、他の人から評価など何の助けにもならないし、意味をなさない。
ただただ、桜の花の開花におどろき、杜甫や白楽天の詩に心震わせ、
ルネ・フレミングの歌う「白銀の月」に涙し、
若くて美しい人に心をときめかせ、両親、友人の愛に感謝し、
心をゆだねられるだけで充分ではないだろうか。

「鼓腹撃壌」という昔の言葉がありますが、
今あたえられている世界にややこしいことを考えず、
目の前にあるものをあるものとしてしっかり受けとめ、
その中から楽しみを見出し、大いに遊ぶことに専念する。
これにもっとも大切なことはないと思っております。
人類全体から見れば、一個の人間は儚く小さいかもしれない。
でもそれでよしと腹をくくることだと思います。
ましてや、人の思いなどどうでもいいことです。
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