闖入者

吉村昭の「羆嵐」 (新潮文庫)を読みました。
大正4年12月、北海道西北部にある苫前郡苫前村で起きた、
日本史上最大規模の獣害事件を扱ったノンフィクション風小説です。
体重340kg、体長2.7mのエゾヒグマが数度にわたり民家を襲い、
7人もの犠牲者を出しました。

ご存知のように吉村昭という作家は大変緻密な調査をもとに
本を書き上げることで知られており、この小説もその例にもれません。
「氷橋(すがはし)」などもその例でしょう。
丸太や小枝などで組んだ橋に、雪を固めておくと、
たちまち固まり強固な橋になるといいます。

彼の文章は簡潔で、読みやすい。
でも、そこに作者の感情は入れず、
野太い、一見荒々しい文章で淡々と綴っています。
それがかえって読み手をおぞましい恐怖の世界へと引き込んでいきます。
『かれらは、寝室からきこえてくる異様な音を耳にして顔色を変えた。
  大きな鞴(ふいご)が荒々しく作動しているような音がきこえてくる。
  それは、巨大な生物の呼吸音にちがいなかった』

では、この小説はこうした恐怖に立ち向かった人々の姿を描きたかったのでしょうか?
『六線沢(彼等の住居名)は未開の山林中に位置し、そこに村落が形成されたのは、
  自然の秩序の中に人間が強引に闖入(ちんにゅう)してきたことを意味する。』
大正時代の北海道の開拓村落、
いや、それよりもはるか大昔から、人間が住居を構え、住むということは
その地に生息する、鳥獣、虫類などにとっては闖入者であったはずです。
私の住むこの団地でさえ、山をブルドーザーなどで切り開いたおかげで住んでいます。
入居後しばらく、ムカデなどの害虫がよく出没し、悩まされました。
でも、彼等にとってみれば、この地は元々彼のすみかなのです。
出て、当たり前なのです。
大都市にしても、大昔、その地はやはり同じようにこれらの生物が闊歩してはずです。

しかし、人間優先のこの世界で、今更そんなことを言ってもはじまりません。
でも、各人の社会環境、経済事情等々さまざま理由によって、
こうした未開の地に住まなくてはならなくなった人々が大勢おられます。
作者はこうした思いを下敷きに、
この農家の人々の苦悩を描きたかったのではないでしょうか?
文中にお米はお正月にしか口に入らず、粗末な衣服で極寒を凌いだとあります。
終りの部分に、最後は一家族だけとどまったそうです。
いかに厳しいところであったかが想像できます。
作者は、こうした農家の人々への深い愛情といつくしみを込めて書き上げたのだと思います。

この作家の本は、「敵討(かたきうち)」とこの本の2冊しか読んでいませんが、
いずれも素晴らしい作品だと思います。
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