映画「わが母の記」を観て <補足>

先日、BS放送で井上靖原作の映画「わが母の記」(原田眞人監督)を
また観てしまいました。
役者がいいですね~、役所広司に樹木希林、それに宮﨑あおいと芸達者ばかり。
この映画では、自分は母に捨てられたのではないかという疑問が縦の糸となり、
主人公の子ども頃の断片的な記憶、老いた母親の奇妙な言動、
それに彼の家族や親族とのふれあいといった事を横糸であやなす中で、
やがて、彼はあることで、これまでわだかまっていたことが一気に氷解し、
腑に落ち、感涙するのです。

人間の記憶って、ジグソーパズルのように記憶の一片、一片をつなぎ合わせていくと、
一枚の絵が完成するというような単純なものではないと思います。
一片、一片の記憶が時間経過とともに少しずつ変形したり、
また歪められて仕舞い込まれているのではないでしょうか?
この一片とあの一片は確かに繋がっていくはずなのに、どうもそうはならない。
例えば、戦時中、家族全員が台湾に行くけれども、彼だけ親戚の家にあずけられる。
この一件で彼は母親に捨てられたと深く思いこんでいたのです。
でも、この一片の出来事は他の家族から見れば、
彼は伊上家の長男だから、もしものことあってはと
深慮した結果の事として記憶に残っていたのです。

映画ではこうしたことの一片、一片が丹念に解きほぐされていき、
やがて、母親の肖像画にしたジグソーパズルの
双眼あたりの優しく微笑んだ顔がやっと浮かび上がったのだと思います。
でも、シワの深い丸顔に、猫のように体を丸めて佇んでいる全姿は
ぼんやりとしか浮かんでこなかったのではないでしょか?
人の記憶ってそんなものではないかと思います。
ただ心底愛されていたという気持ちだけで充分だったのでしょう。

原作本については余り記憶が確かではありませんが、
わが母の老いていく過程において、彼女がどうしてそうした言動に出るかを模索し、
母のこれまでの人生に思いめぐらしていく方に重点が置かれていたような気がします。
でも、映画、本に共通して言えることは、
「アルツハイマー」「介護」といった医学的な冷たい用語は一切使われていません。
「老い」「世話をする」といった優しい言葉でやりとりされていました。
ここに「わが母」に対する無限の敬愛の情がこめられているのではないかと思っています。

<補足>
「映画いのちの女史」からメールをいただきました。

『画で使われていた家は、井上靖氏所有の家です。
家が醸し出す雰囲気が映像に滲み出ていて、そうとは知らずに見ましたが分かりました。
監督の思い入れが随所にあふれた作品です。(幸福にもインタビューできました)
「しろばんば」は高校生のころ読んだ愛読書で、
「あすなろ物語」も読んでいましたのでとても愛着を感じました。
キムラ緑子がとてもよくて、監督自身のお気に入りの女優さんで、
木村さんのスケジュールに合わせて撮影したそうです。』

で、「キムラ緑子」さんがどの人だったかよくわからないので、
ネットで検索しました。
『映画、舞台、テレビドラマって、脇役の出来によって作品ががらっとかわりますね。
人気ばかり高く、演技力はイマイチな俳優さんでも、
いい脇役が揃っていれば作品はある程度引き締まりますものね。
NHKの大河ドラマなどその典型かもしれません。
この作品のように、主役、脇役が揃っていると本当に見応えがあります。』

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